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「入りコン沢 ― 静かに生まれる青」
小滝川の支流に、入りコン沢と呼ばれる谷があります。 ここは、世界でも稀な“青ヒスイ”が生まれる特別な場所です。 入りコン沢のヒスイには、ときに澄んだ青が宿ります。宝石サファイアと同系統の成分が関わると言われ、 翡翠の中でも極めて珍しい発色です。 外観は無骨で、黒く、角ばり、宝飾品のような光はありません。しかし内部には、静かな青が潜み、手に取ってしばらく向き合うことでその色がゆっくりと現れます。 近年、この“青ヒスイ”に注目が集まりはじめています。 華やかな宝石とは違う、 “内で燃える青” に惹かれる人が増えているのかもしれません。 この石は、光で語るのではなく、 静かに問いを投げかける石です。 あなたは、何を大切にして生きていきたいのか。
2025年12月28日


瑞石 ― 神話を、いま手に取れるかたちへ
瑞石は、翡翠を「商品」として扱いません。 ひとつの石に、名を与え、背景を記し、時間を託します。 それは宝石ではなく、 璽(しるし)。 数千万年の静けさと、神話の記憶を宿したまま、次の持ち主へと渡っていく存在です。 あなたの手のひらに、ひとつの神話を。
2025年12月9日


なぜ翡翠は“神器”になったのか
翡翠は、美しいから選ばれたのではありません。 硬く、加工が難しく、大量に作ることができない石。 だからこそ、権威と霊性の象徴となりました。 縄文の祭祀。 古墳の副葬品。 そして神話。 翡翠は一貫して、「選ばれた者だけが持つ石」として扱われてきました。 それが、神々の手に渡った理由です。
2025年11月4日


神々が手にした石 ― 糸魚川翡翠という“霊石”
日本神話には、神と人をつなぐ“かたち”が登場します。 勾玉。 それは装身具ではなく、 祈りそのものでした。 三種の神器のひとつ「八尺瓊勾玉」 その正体が、新潟・糸魚川市で生まれた翡翠であった可能性があることは、今では考古学的にも知られています。 石は語らず、 けれど確かに、神話の時間を宿しています。
2025年10月20日


「宝石を、もう一度見直す」
宝石は長いあいだ、磨き上げ、飾ることで価値を持つ 「贅沢品」として扱われてきました。 けれど宝石は本来、大地が気の遠くなるような時間をかけて 生み出した自然の産物。 人のためにつくられたものではなく、地球そのものの記憶を宿した存在です。 だから私は思います。 宝石の価値は、華やかさや価格だけではなく、自然から受け取る力や、心を整える働きにこそあるのではないかと。
2025年9月9日


「外ではなく、内を見る時代へ」
世界は今、大きな変化の中にあります。 便利さや効率を追い求め、私たちは多くのものを手に入れてきました。 けれど、物質的には満たされているはずなのに、 どこか落ち着かない。 そんな感覚を覚えることはないでしょうか。 それはきっと、 「外」ばかりを見てきたから。 これからは、自分の内側に耳を澄ませる時代。 心の声に気づき、日常の小さな静けさを受け取ること。 その先にこそ、本当の豊かさがあるのだと、私は思います。
2025年8月21日


「糸魚川翡翠を、“宝石”にしない理由」
糸魚川翡翠の真の魅力を、そのままのかたちで届けたい。それが、瑞石の原点です。 糸魚川翡翠は、世界でも類を見ないほど産出量の少ない石。 「限られた人だけが出会える石」と言っても、決して大げさではありません。 けれど、磨かれ、整えられた瞬間、その特別さは、ほかの翡翠と同じ「美しい宝石」として並んでしまう。 そこに、私はずっと違和感を覚えてきました。 糸魚川翡翠は、縄文の時代から祈りや暮らしとともに受け継がれてきた石。 装飾品である以前に、人と自然が、長い時間をかけて育んできた存在です。 瑞石は、その背景ごと、静かに届けたいと考えています。
2025年7月31日


瑞石《みずいし》』という名に込めた想い』
私が『瑞石《みずいし》』という名前を手にしたのは、ヒスイと関わり始めて4年ほどが経った頃でした。
父がふとこんなことを口にしました。
『こんな言葉が降りてきたんだ。瑞石《みずいし》って言葉なんだよ。』
それまで私は『翡翠《かわせみ》』という活動名でヒスイに関わる活動をしていました。今改めて考えると、どこにでもあるような名前で、当時の私はヒスイの世界の入り口に立っていたに過ぎなかったように思います。
2025年7月16日
MIZUISHI BLOG
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